当教室オリジナルのユニークな指導法とは
「大脳で小脳をだますイメージトレーニング」です。
一見、奇をてらったようなネーミングですが、意外に理にかなったものなのです。
当教室では、やれ「腹式呼吸」だ、背筋を伸ばして、ノドの奥を開いて、といったような体の部位を直接動かすような指導は決していたしません。
私たち人間は、そもそも誰でも、豊かに響く歌声をだすための発声器官を持っています。それは、一部の特別に訓練された人たちだけが獲得したものではなく、すべての人が持っているものです。ただ単に、その使い方を忘れてしまっているだけなのです。
私たちは、普段、頭で考えて行動しています。この、考えている意思の部分は「大脳」なのですが、実際の行動には総合的にコントロールされた極めて複雑な体の動きが必要です。その、体の組織一つ一つに直接指令を出しているのが「小脳」なのです。
この優れものの「小脳」は、時として、頭(大脳)で考えた架空のイメージにも反応してしまいます。時々、ある物をリアルに想像しすぎて肩が凝ってしまったという経験はありませんか?そういったときは、体の中の一部組織が「小脳」から出された指令に無意識に反応してしまっているのです。
当教室では、この「小脳」の機能を生かして、ある特定部位を強化するのではなく、生徒さんの総合的な発声器官の再生が図れるようなトレーニングを心がけています。「小脳」が我々の隠れた能力を自然に引き出すことが出来るようなイメージを、歌を歌うという意識に結びつけてもらうことで、眠っている発声器官を呼び覚まし、豊かに響く伸びのある歌声を身につけていただきます。
最近、プロ歌手がリリースしている楽曲はどの曲も高音域のものが多く、歌が好きなあなたは、大好きな歌を歌っているのに、高い音が出ないとか、ノドが痛いとか、ストレスばかりを感じていませんか?出ない声を無理に出していると、思わぬノドの障害を起こしたりします。
当教室は、お決まりの「歌の基礎」を全く意識させずに、オリジナルのユニークな指導法で皆様の声作りをお手伝いいたします。
歌声とは
前でも述べましたが、豊かに響く伸びのある歌声、人は、誰でも出せる力を持っています。大昔、携帯電話はもちろん、言葉すら持たなかった人間は、遠くにいる仲間とどうやってコミュニケーションを取り合っていたのでしょう?犬の遠ぼえのように、自らの声そのものを届かせるしかなかったはずです。昔、我々人類は、その与えられた発声器官をフルに活用して豊かに響く声を自然に出していた事でしょう。
しかし、今の私たちはどうでしょう?言葉を持ち、文明生活を送る我々は、声をだすという事において非常に抑制された環境で日々の生活を送っていませんか?思い出してみてください。「静かにしなさい!」、「大きな声はださないで!」・・・。私たちは、ほとんどその能力を使わずに眠らせてしまっているのです。私たち人間は、言葉だけを使うにはもったいないほどの発声器官を誰もが生まれながらに持っています。そして、我々の歌を歌いたいという欲求は人間の本来的な感性であると言わざるを得ません。声楽の訓練とは、その眠らせている発声器官を呼び覚ますことなのです。
しかし、声をだすという事において抑制された現在の環境においては、この、声を出すという行為に、多くの誤解や錯覚が生まれてしまっていると思われます。日本という文化の中での声楽における特性も認識しなければなりません。しかも、声というものは目には見えないものなのです。この歌声を独学ではなかなか上達させられないのが現状なのです。
なぜ、独学ではなかなか上達させられないのか?
スポーツ選手は自分の技術向上のために、日々、練習を重ねます。たとえば、野球のピッチャーはどうでしょう?投げるボールのスピードアップや、コントロールを良くするために、ピッチングフォームの改善や筋力強化も必要でしょう。でも、なにより、自分の投げたボールがどうなったのか、ボールの行方を見て、常に自分の技術を確認しているでしょう。だから、学習して上達していけるのです。
歌の場合はどうでしょうか?歌を歌うときに使う筋肉は体の内側の部分が多く、その動きを捉えるのが難しいばかりか、歌声は目に見えないのです。もちろん、声は聞くものであって、見るものではないのですが、この事が歌の独学を大きく妨げているのです。
投げたボールが目標に届いたかどうかは、見たら結果はすぐに分かります。だから人は学習し上達していけます。自分の声がどこにどう届いているのか分からないまま、つまり、結果の良し悪しを認識しないまま、自分の歌っている感覚だけで努力してしまっていては、結果、ノドに負担を強いるだけになってしまいます。発声器官をフル活用せずに、今、使っている部分だけに過大な力を集中してしまっているのです。ノドを痛める大きな原因です。
発声器官の正しい使い方を身につけず、ノドを酷使し続けてきた長い間に、声をだす行為に多くの誤解や錯覚が、さも常識のように我々の意識に根付いてしまっています。この事が、よりいっそう、美しい歌声を自分のものにするチャンスを遠ざけていると思われます。
歌うときの錯覚や誤解とは?
そもそも、「声を出す」という言葉による大きな誤解があります。もちろん、日本語ですから仕方なく、もちろん私も使っているのですが、声は出すものではありません。
「出す」という言葉には、内側から圧力(力)を加えて、外に向かってなにかの物を押し出すというイメージがあります。歌声は息によって作られる物ですから、まさに、息を出す感覚が声を出すという感覚に繋がったのでしょうが、出すものは息であって声ではないのです。声は、鳴るものなのです。
また、歌声というものは、一つの繋がったものなのでしょうか?もちろん、繋がっていないと歌声にはなりませんが、決して物理的に繋がったものではないでしょう?我々は歌っているときに、どうしても声というものを一つのかたまりのように感覚的に捉えています。声は出した瞬間に過去のものとなるのです。しかし、出し終わった声を自分で聞いて、なんとか持ち上げようとするのはなぜでしょうか?その事が美しい声を出すうえでの大きな弊害となっています。つまり、また、ノドに過度の負担を強いる事になっているのです。
まだまだ、歌声にまつわる誤解や錯覚は、数え上げればきりがありません。一つ一つをつぶして行くのも一つの方法ですが、当教室では、眠っている発声器官の能力を呼び覚ましてあげるのが一番の解決策だと考えております。
日本語の特性
日本語は、ほぼ全ての言葉(文字)に音程と響きをつけられる「母音主体言語」です。これは、音楽的には非常に優れた言語であるといえます。しかし、子音と母音を一文字で表す「かな文字」を使っている日本語は、声楽的には大きな欠点を持っていると言わざるを得ません。
日本語のかな文字では、例えば「MA」という声を「ま」という一文字で表記します。実際には「MA」という声は、「M」という子音と「A」という母音の二つの動作で作られるものなのですが、日本語では「ま」という一文字で表記されるために、多くの日本人は一つの動作で「MA」という声が作られていると錯覚しているのです。この事から生じる大きな問題は、子音の後に続く響きの本体である母音が、子音に従属してしまうという事なのです。つまり、母音は口腔内全体で豊かに響いて発音されるのが理想なのですが、口の前の方で作られる事の多い子音に引きずられてしまうために、口腔内前方の非常に狭い領域で発音してしまっているという事なのです。
日本人の俗にいうところの「カタカナ英語」というのは、こういったところに起因しているのではないでしょうか?
また、日本の住環境が育てた歌声の特性もあります。日本の住宅は、主として、木と、土と、藁(わら)と、紙で出来ています。これらはすべて吸音素材なのです。つまり、ほとんど反響が得られないこのような室内環境では、自分の声は骨から伝わるものが大部分となり、その意識は自分の体(ノド)に向いてしまいます。そんな住環境の中で日本の音楽「邦楽」における声作りが古来より長い間なされてきたのです。その発声手法は、自分の身(ノド)に付いたものが極められ、現在にいたったものと思われます。
それに反して、西洋の場合はどうでしょう?石で作られた大きな教を想像してみてください。自分の声が遠くからビンビン跳ね返ってくる環境の中で、外の空間を十分に意識して育てられたのが西洋音楽とその歌声ではないでしょうか?つまり、自分の外側の大きな領域を意識した、遠くに飛ばす声作りが自然となされてきたものと思われます。
我々は、声楽を志すものとして、この日本語の特性(長所と短所)をよく理解しておく必要があり、現在の声作りにおいて、その本質を見極めるために大いに参考にする必要があるものと思っております。
尚、一言、付け加えておかなければなりませんが、ここで申し上げているのは、決して邦楽や日本古来の文化・伝統を否定したり、軽んじたりしているのではありません。ただ、西洋で発祥した声楽というものについての見解を述べているのです。
「歌の基礎」を全く意識させないレッスンとは?
美しい響きのある歌声をだすためには、よく言われている「腹式発声」等の基礎が必要なのはその通りです。しかし、より良い声を出すために声楽の基礎を学ばなければならないというのは、その通りでしょうか?声楽という声を出すための理論が、そもそも最初にあったのでしょうか?
特別な訓練をせずに自然に美しい声で歌える「自然歌手」と言われる人達がいます。声楽という理論は、その「自然歌手」の歌い方を研究して体系化された理論なのではないでしょうか?もちろん、その声楽理論で広げてきた歌のジャンルもあるでしょう。しかし、本来、歌を歌うという行為について、どこそこの筋肉をしめてとか、どこそこの部位を上げてとか、こういう事が必要なのでしょうか?当教室では、むしろ特定の体の部位を意識する事が、歌を歌う上で一番良くない事と考えています。
声楽理論を意識せずに、自然歌手が身につけてきた「歌い方」を、私たち本来の自然な力で身につけていただけるようご指導することが、当教室では一番必要な事と考えております。当教室の指導方針でございます。
あなたも、大好きな歌を歌いながら、自然に、発声の基礎が身につけられるものと信じております。